あたりまえ?の毎日(by山本飛鳥)

旧「山本飛鳥の“頑張れコリドラス”」を持って引っ越してきました。

11月7日の日記

今月はとても忙しく、必ず週末(金~日)に用事が入っているが、それは1日なので、残りの日は自由だから、少しほっとした。
それで今日は仕事がなく用事もないので、色々家のことをした。

まずは、集合住宅の敷地内の雑草の駆除。
私の担当範囲は、他の人があまり手を付けないので、結局私がやる。
本当に力不足で、見違えるほどきれいというわけにはいかない。
ヤブガラシの蔓は、秋になってもまだ枯れていないし、イモの蔓みたいなのもいっぱい絡まっているので、それを庭木から駆除するのだ。
もう蜂はないだろうと思うけど、気をつけながら、はさみで切ったり引っ張ったりして蔓と雑草を取り除いた。
一角とはいえ、全部はできない。奥のほうは通り道もないので、伸びすぎた庭木と雑草と蔓を目くらめっぽうに切り開いてようやく通り抜けると、奥にはイノコヅチが群生していた。

それをいい加減に、根のほうから切ってみたけど、触ると体中にくっついていくるので、今日のところは放置することにした。

それから、巨大なカマキリを発見。私が刈り込んで山にした草のほうに進んで来そうになったので、「こっちに来るな」と言って、草の山を少し離した。
これから捨てるのだから、もしカマキリが紛れ込むと一緒に清掃工場に行って焼却されてしまう。
いや、何よりも私が草とカマキリを一緒に運ぶというのは、恐ろしすぎるだろ。

それから、また近くで、ヒュウガミズキの根元から生えてきているセイタカアワダチソウを根元から切り落としたり、巻き付いた蔓を落としたりしていた。
セイタカアワダチソウは、黄色い花を咲かせようとしているのだけど、ここは咲くべきところではないのだ。

すると、何やら普通とは違う動きで揺れている枝がある。なんだろうか?と思って注視してみると、そこにも大きなカマキリがいた。
今日のカマキリは太っている。これから卵を産んで死んでいくメスなのだろう。

そういえば、初夏のころに、私が同じ場所で草刈りをしていたとき、小さな赤ちゃんのカマキリを見たのだった。そのときのカマキリは生れたばかりで1~2cmくらいしかなかった。それも、草と一緒に捨ててしまいそうだったので、カマキリの周りには手を付けないようにした。
その時も、同じ場所に数メートル離れて2匹のカマキリを見つけたのだった。
もしかして、あのカマキリがこんなに大きくなったのだろうか?
今日のは7cmくらいあったような気がする。

この辺りは、カマキリの卵も結構あるのだ。カマキリの生息地だ。

・・・

カマキリの話ばかりになってしまった。

今日は、メダカの水槽を1つ洗った。
先日とは違う外の水道を使ったんだけど、またもや排水口が落ち葉でせき止められて水が流れないので、網を外して掃除となった。

それから、ゴミ置き場では、先日の雨で大きなゴミバケツの中に水が溜まり、多い物は20cmくらい溜まっていた。なんだって上を向けて蓋もしないで置いてあるのか?
全部ひっくり返して水を捨てた。結構重いのだ。

そういえば、夏のころは水道のところに置いてある普通のバケツの中にボウフラがいっぱいわいていて、それもひっくり返して駆除した。
取っ手に引っ掛けてあるバケツの中にも水が溜まっていた。なぜかみんな上を向けておくので、水が溜まりっぱなしである。
私は、それらのバケツをひっくり返して捨ててばかりいる。

話は戻るが、今日私が抜いたり切ったりして片づけた草は、やっと大きなバケツ8分目くらいだった。体力がなくヘトヘトになってしまい、人が見たら「まだ草がいっぱい残ってるでしょ、中途半端な作業の仕方ね」と言われてしまいそうなのだが、もう無理だ。
男性の人などは、一回の作業で大きなバケツに3杯くらい草を取っているのですごいなあと思う。

・・・

メダカの水槽を洗ったあとは、3日の文化の日に買ってきたビオラとシクラメンをベランダに植えた。適当な鉢に適当な土を入れてとりあえず収めた。

・・・

あと、今日は食器戸棚と食卓周りを少し整理整頓した。
それから、洗濯2回と、草取り後に服を全部着替えて、着ていた服をすぐに洗った。
汗もかいたし、変な虫がついているかもしれないので、すぐに洗うのだ。

それから、賞味期限の迫った焼きそばを食べ、夕飯は冷凍庫に残っていた鶏肉と野菜室の野菜を焼いて食べた。

・・・

何もかも、あんまりはかどらないのだが、少しは手を付けたところはマシになった。

 

 

脂肪肝

2~3年から健康診断結果に「脂肪肝」という文字が印字されていた。
ただ、その判定は経過観察で1年後にも検査を受けるように、というだけのものだった。

脂肪肝というのを見ても、やはり栄養のとりすぎなんだろうなあ~くらいにしか思わなかった。脂肪肝の人なんか、小太りのオバサンはみんなそうなってるに違いないと言う感じだ。

腹囲が増えてくると、生活習慣病のリスクが高くなるとかで、高血圧や糖尿病に気をつけろ、とはよく言われる。
「はいはい、カロリーの高すぎる食生活を改善し、それから運動をしろってことだよね。でも、忙しくて運動なんかしている暇はないし、おいしいものも食べたいしね」と思っていた。
でも、生活習慣病は糖尿病だけではなかったのだ。結果として、脂肪肝のままであり、胆石だの胆嚢腺筋腫症だの、腎結石だのって、みんな高カロリーの洋食みたいなものを食べてるのが原因らしい。
そんなこと、早く言ってくれよ、と思う。
昨年、健康診断の後、面談を受けろなんていうメールが来たのだけど、どうせ食べ物と運動のことを言われるんだろうと思って受けなかった。
もし受けていたら、腎結石や胆石などのリスクについても教えてくれたんだろうか?
せめて、健康診断結果に記載しておいてくれればいいのに。もうあとの祭りだ。
結局、真剣に受け止めていなかった自分が悪いんだろう。

ところで「脂肪肝」の話であった。
これも「肝臓に脂肪が多いんでしょ」くらいにしか思っていなかったが、このままの状態で放置する、又はこのままさらに脂肪の度合いが増えていくと、しまいには、肝機能に異常をきたすことにもなりかねないのだ。

だから、生活習慣を改善して脂肪肝を治していかなくてはいけないのだ。

とはいえ、食生活や運動習慣を画期的に改善することができるわけもなく、ただ少しだけ気を付けるようになった。

まずは、料理では、炒めてから煮るものなどがあるが、これは炒めないで煮ることにした。それで油が控えられるからだ。

昼は外食をしていたが、このごろはおにぎり2個や、小さいお弁当を買ってきたりするようになった。

今朝は、インスタントのポタージュのみ。

そのせいなのか、体重がちょっと減っていて驚いた。

この調子で減らしていけば、もう少し痩せられそうだ。

それから、65歳以上の人の、1日の平均歩数は6000歩なのだそうだ。
私は、1日5000歩を目標にしていたのだが、これでは足りないらしい。
なので、6000歩を目指すことにする。

とはいえ、まだ5000歩も達成していなので、まずはやはり5000を達成しなければならない。

来年の健康診断では「脂肪肝」が消えるように、頑張ろう。

食料があふれる

コープの宅配を利用しているのだけど、1回6000円以上の注文をすると配達料が無料になるということで、毎週6000円以上になるように注文している。
そうすると、ついつい今すぐ必要でないものを買ってしまう。
6000円に達するように保存期間の長い缶詰や乾麺や調味料などを買ってしまうのだ。
それで、今は戸棚の中がいっぱいになってしまっている。
調味料っていうのは、賞味期間が長いとはいえ、意外に半年や1年くらいすぐに経ってしまい、開封する前や直後に賞味期限を過ぎてしまうものなども出てきてしまうものなのだ。だから買いだめはしないほうが良い。

また、すぐに食べるつもりで、冷凍の魚や肉などを買っても、それも1週間以内に食べるわけではなく、ずっと冷凍庫の中に入りっぱなしになってしまうものもある。
宅配で買った食材があるにも関わらず、仕事の帰りや、たまたまお店の売り場を通りかかったりすると、別のものを買ってしまうことが多い。

それで、食料がだぶつくというわけだ。

これは何とかしなければならない。
コープの品物は決して安いわけではなく、配達料を無料にするために、スーパーで買うよりも高い品物をかなり買ってしまうことになるので、むしろ配達料を払ってでも、買う量を減らしたほうが良いかもしれない。

そして、これからしばらくは、なるべくお店で物を買わず、あるものだけを食べて過ごすのだ。

在庫

宅配で買った食品(冷凍含む)

野菜:玉ねぎ 人参 
冷蔵:豆腐 ごま豆腐 黒豆 プリン 杏仁豆腐 ラーメン

冷凍:しらす ホッケ 鳥モモ肉 豚ひき肉 うどん 

店で買った食品

野菜:なす アスパラ 里芋 ねぎ トマト ピーマン キャベツ

冷蔵:やきそば ラーメン 沢庵 卵 牛乳 

まだまだたくさんあるようだが・・・

その他に調味料・乾物・乾麺・インスタント食品・レトルト食品・缶詰など、食器棚の引き出しに大量にあり。

これはしばらく買わずにひたすら消費するべし。

 

 

キリがない

月曜日は、在宅勤務で運動不足になるから、朝と昼などに集合住宅の周囲をぐるっと回ってウォーキングをする。10分はかからない。
この頃、住民の有志が草刈りをしてくれてずいぶんときれいになっていて気持ちが良い。

でも落ち葉やドングリもあるので、私も時間があるときに少しボランティアをするかな~と思って歩いていた。

すると、中身の少し残っているジュースのペットボトルが捨てられていた。
仕方がないので拾ってゴミ置き場にもっていって片づけることにした。

蓋を外し、水道で中身を洗い、ボトルの周りのフィルムをはがして、PET用のカゴに入れた。

すると、そのかごの中は、洗っていないペットボトルやら、フィルムがついたままのベットボトルがたくさん入っていた。
それから、インスタントコーヒーのガラス瓶までが2つも入っていて、その中には粉が残り、蓋もしたままなので、蓋を外し水道で洗い、蓋はプラゴミへ、瓶は瓶置き場へ・・・と次々にやることが発生し、きりがないのだった。

仕事の途中だというのに、こんなことをしていたらたまらない。いい加減にしておかないとと思い、ペットボトルを洗うのは10本くらいでやめた。

だが、ペットボトルを洗っている時に、外の水道の排水桝に水が溜まってしまい、流れないことが発覚した。

大量の落ち葉が溜まって排水口をふさいでしまってるのだ。

そこで、鉄網を持ち上げ、つまみばさみや箒を持ってきて、落ち葉の掃除を始めた。
落ち葉を取りだしていると、やっと排水口が現れ、水がはけて行った。

それから鉄網を元にもどし、家に帰ったのだった。

まったくもう、きりがないではないか。
本当はペットボトルも全部きれいにするべきだったのだが、時間がないのだ。
いつもどうしてこんなことになってしまうんだろう。

たった1つのペットボトルを捨てに行っただけなのに、30分くらいかかってしまったのだ。

 

ハイビスカスを室内に

今日は、部屋の中に居ても寒いかんじがして、セーターみたいなものを着たくなってしまった。
ということは、ベランダの植物たちも寒いに違いない。
1年草のゴーヤとフウセンカズラはもうすぐ終わってしまうのだが、ハイビスカスと観葉植物は、冬越しのために家の中に入れてやらないといけない。

ハイビスカスは気温が10℃を下回ると危ないので、今日慌てて部屋の中に入れたのだった。

黄色い花のほうは、まだつぼみが5個ついていて、明日にも開きそうな花がある。

部屋の中では嵩張ってしまうのだけど、花が終わった枝でないと剪定はできないから、狭い部屋のなかでギュウギュウになってしまう。

その他の観葉植物はもうちょっと後でも大丈夫だろうと思い、一応AIに聞いてみると、なんと幸福の木が一番寒さに弱いのだそうだ。

それで、あわてて幸福の木も部屋の中に入れた。幸福の木は、初夏のころに強剪定した後、やっと幹の一部に小さな葉が出始めてきたところである。
植え替えたときに、根を小さくしたので、元気を取り戻すのに時間がかかってきまった。

何年か前は、夏の間は葉が伸びてジャングルみたいになってしまっていたのだけど、今年はしょぼいままだ。それでも元からある枝は元気に葉を成長させている。

AIによれば、パキラは強いそうなので、まだ数日は外に置いておこうと思う。
テーブル椰子もおそらく強いほうだが、パキラと同じくらいには室内に入れなくてはならない。

全部の植物を部屋の中に入れるとなると、部屋の片付けもして場所を作らないといけないので、なかなか大変だ。

 

「太宰治との七年間」(堤重久)を読み終えた

ずいぶん長くかかりましたが、ようやく「太宰治との七年間」(堤重久)を読み終えました。
この本は、筑摩文庫、2026年6月10日第一刷発行であり、文庫本として出版されたのはずいぶん最近の新しいものということになります。

著者は、太宰治にかわいがられた弟子ともいえる堤重久によるものですが、これが執筆されたのは、太宰の死後20年あまり経ってからの昭和43年頃のものです。

この著作物は、これまでも出版されたことはあったのでしょうが、最近それが文庫本となって、より多くの人に読む機会をもたらしたということは、かなり画期的な事ではないかと思いました。

AIの解説によれば

堤重久の『太宰治との七年間』は、2026年6月10日に筑摩書房から57年ぶり(1969年以来)の復刊として発売されました。今年になって出版された直接的な理由は、単なる新刊ではなく、野原一夫が編集を担当した「太宰治論・回想録の名著」を、埋もれていた(または長年入手困難だった)傑作として復刻する企画の一環であるためです。
<主な背景>
名著の復刊プロジェクト: 本書は1969年に筑摩書房から初版が刊行された後、長く絶版状態で古書価格が高騰していました。太宰治に愛され信頼された弟子である著者(堤重久)が、師との出会いから別れまでの7年間を生々しく描いた貴重な記録として、文学的価値から再評価され復刊に至りました。
桜桃忌(太宰の命日)に合わせた刊行: 6月12日前後(太宰治の命日である6月19日「桜桃忌」の時期)に合わせて、ファンや研究者に向けた形でのリリースとなりました。安藤宏氏による新たな解説も追加されています。
 
とのことです。
私は図書館で「返却されたばかりの本」という仮置きの場所に置かれているこの文庫本を見つけて思わず借りてきました。この誰かが返却したばかりでまだ書棚に戻されていない本たちは、なかなか良い本が多いという印象です。
人が借りた本というのは、人気があるというか、良い本だから誰かが借りたんだってことですよね。書棚から探すのではなく、人のまねをして借りるというか、人の価値観にゆだねるというか、人の目は自分の目より確かって感じでしょうか。
 
・・・
前置きが長くなりましたので、簡単に読後の感想を書いておきます。
弟子である堤重久氏と太宰治が一緒に行動したりする日々のやりとりが生き生きと描かれており、また当時の太宰を取り巻く人々の関係や雰囲気も良く描かれていました。
この人は本当に太宰に後輩として可愛がられていたんだなと感じますし、この人も太宰を慕っていました。
この著作を読んで、私の中の太宰治のイメージは、これまでよりもずっと魅力があるように思いました。
これまでは、太宰自身の作品から、生きててごめんなさいとか、人間失格とか、どうしようもない奴なんです、みたいな側面が少し強調されていたと思うし、何度も女性と心中未遂を繰り返したり、この人は 精神的に病んでる(まともな苦悩ではなく、根っからの変な性分?)というような負のイメージを持っていました。

しかし、この著作の中から見える太宰の人間像は、優しく、ウィットに富み、自信もあるし、明るいし、頼もしい部分もあるし、教養はあるし、とても健全で魅了的な人だと感じるのです。そもそも育ちが良いので、どこかに品格があるのでしょう。

これが太宰ファンの多い理由なのかもしれません。
その当時から世間にすごいファンがたくさんいて、売れっ子の作家だったわけですよね。それで、やはり作品を書くことに関しては天才だったんだろうと思います。

その太宰が、戦後になって結核が悪化し、酒の飲みすぎもあり、身体的にも弱って行ってしまいました。戦後の社会や思想なども精神や立ち位置に混乱をきたすこともあったのかもしれませんが、とにかく心身ともに弱っていってしまったようです。
そんな状況の中でも、訪れた堤さんに対して、先輩らしい力添えをしたり、温かく接してくれた太宰さんでした。
堤さんが東京に会いに来て別れてから半年後くらいに、太宰治は、玉川上水に女性と入水心中してこの世を去ってしまうことになりました。

私が思うに、もし病気になっていなければ、太宰は自ら死ぬことはなかったと思います。そして、もしこの時、心中しなかったとしても、近いうちに結核で亡くなっていたのではないかと思いました。

太宰の魅力も大いに感じたし、この堤重久氏に関しても、太宰との師弟関係であることにぴったりというか、本当に相性がよかったんだろうなと感じさせられるものでした。

この方も、当然もうこの世にはいないわけです。
この文が書かれたのが、私が小学校の時であり、そんな著作物を60歳も過ぎた私が今初めて読んでいることの不思議を感じます。
太宰治も堤重久も今もなおこの世に生きているのですね。

太宰治の作品「正義と微笑」は堤さんが提供した弟さんの日記をもとにして書かれた作品であり、その中に登場する兄というのが堤さんがモデルとなっているそうです。それは実像とは違うものではありますが、読んでみたいと思いました。
 
追記:
この「太宰治との七年間」のあとがきは、安藤宏先生によるものでした。
放送大学で太宰治に関する面接授業を受講させていただき、とても興味深い授業でした。2021年に「太宰治論」という膨大な著作を出版されているそうです。
この文庫本のあとがきに名前をみつけて嬉しかったです。
 
 
 

 

コメダのモーニングセット

 

 

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コメダで朝ごはんを食べています。
カフェでモーニングセットを食べるというのは、長年の夢だったのですが、これまではなかなか機会がありませんでした。
今日は、8時半からMRIの検査があり、9時過ぎには終わったので、近くのコメダに入ってみました。
席はけっこう埋まっており、カップル、女性2人連れ、ビジネスマン、おじいさんなどいろいろです。
カフェなのでコーヒーが飲みたいところですが、私は腎結石でシュウ酸を控えているため、コーンスープにしました。スープという選択肢もあるのですね。値段は620円。お水ももってきてくれるし、ファーストフードより良さそうです。
まあ、原価を考えると、自宅で同じものを食べたらずっと安いので、こんな時でもないと利用することはないでしょう。
時間制限120分と書いてあるので、本でも読んでゆっくりしようと思います

この頃のこと

最近やたらと忙しい。

数か月前から同じようなことを書いているのだけど、いよいよ煮詰まってきてしまった。
というか、多数のクリニック通いが、総合病院の一本化へと集約されつつある。
その過渡期で、これまた、あっちこっちでCTやらMRIの検査を受ける日々だ。

とりあえず、その日程をこなしさえすれば、後はどうってことないわけで、並行していつも通りに仕事をし、家事をし、その他諸々の役割を果たしている。

ただ、忘れていたのが放送大学で、今学期の放送授業を全く一度も視聴していないし、教科書も読んでいないのである。そうこうするうちにもう1か月が過ぎ去ってしまったのだ。いい加減手を付けなければ・・・。

図書館で借りている日本文学系の本は、とうに返却期限が2週間もオーバーしてしまっている。1冊はやっと3分の2くらいまで読み進んでおり、なんとか最後まで読みたいところだが、本当になかなか進まないのである。
それは太宰治に関する本で、読み終えたら読書感想文をここに書く予定だ。
その他に漱石に関する本も借りているんだけど、こっちはまだ手を付けていない。
読まないくせに、自分の手元に確保しておきたい気分である。
ああ、やっぱり近代文学に興味が行ってしまって、現代文学についていけない昔の人間なんだなあ。

10月の初めころは気候もちょうど良くて、外のベンチで2回くらい読書をしたことがあり「休みの日はそういうのもいいなあ、そうすれば読書もはかどるし」と思っていた。でも、このごろ寒くなってきて、外で読書ができなくなってきた。
ちょうどよい季節ってのは、ほんの短い期間しかないようだ。

今夜は、夏物の洋服をしまって、冬物をだしたりした。いよいよ半袖Tシャツは着なくなるだろう。夏に何枚か新しい服を買い、古い服も捨てないので、洋服は増えるばかりである。収納しきれない。服が山積み。

例によって片づけられない人間なので、またどこに何を収納したのかも忘れてしまうだろうし、現に今もまだ冬物を全部発見したわけではないのだ。
部屋の整理整頓もしないといけない。

あっ、今日も夜中に1時を過ぎてしまったので、いい加減寝なくてはならない。
顔に無印で買った化粧水をつけるのも、また面倒くさいので、前からあるオールインワンのクリームをさっとなすって寝ることにする。

村上龍と延江浩

2026年10月17日に、村上龍が74歳で逝去した。
23日にこのブログに「村上龍氏が亡くなった」という記事を書き、これまで書いた記事の中で「村上龍」という言葉が入っている自分の記事を検索してみた。
その時は自分でも読まなかったのだか、その後いくつか読んでみたら「龍言飛語」について書いてあった。

ask0065.hatenablog.com

ここに、延江浩さんという人のことを私が書いているのだが、読んでいるうちに延江さんの記憶が少し浮かんできた。

龍言飛語では、延江さんは、いつも村上龍さんの聞き役に徹していた。村上龍の意見を100%尊重していると言う感じだった。
村上龍が6歳年上で、いつもリードしているというイメージだが、きっといい関係なんだろうと思っていた。

なので、この度の村上龍氏の逝去にはショックを受けているだろう、何かコメントなどを出してはいないだろうか、と思ったのであった。

そこで、「延江浩」を検索してみると「そうそう、この顔だ!」と、懐かしい姿が出てきたのだった。見た目は、かわいい玉ねぎみたいな感じの人だった。

ところが、延江氏のプロフィールを見て驚いた。
1958年3月31日~2025年4月6日

えっ?昨年亡くなってる?!

村上龍に関する延江氏の追悼の言葉・・・そんなのあるわけがなかったのだ。。。
村上龍より先に亡くなっていたなんて・・・

延江浩は、日本のラジオプロデューサー・作家・コラムニスト・ラジオDJ などをされていたそうだ。

延江氏は67歳で亡くなったそうだ。
死因は「致死性不整脈」なのだそうだ。急に心臓発作が起きて亡くなってしまったのかもしれない。

村上龍氏は、74歳で亡くなった。74歳でもまだ若すぎる。あと10年は生きてほしかった。

こうやって二人とももういないのか・・・・

ちょっと二人のことを検索してみたら、Xで
「村上龍さん死去。盟友坂本龍一さん、延江浩さんと雲上で再会しているはず。どうか安らかに。」という水上学という人のコメントを見つけた。
この3人は仲がよかったのかな。

坂本龍一は1952年1月17日生まれ、2023年3月28日逝去。71歳。
みんな70歳前後という年齢で亡くなるなんて、早すぎる。

村上龍と坂本龍一は同じ1952年生まれで、2人とも「龍」がつき、仲がよかったらしい。


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坂本龍一さんも重要人物だが、今日は「延江浩」さんと村上龍さんについて書こうと思います。

例によってAIに聞いてみました。AIの回答。

二人の主な関係性とエピソードは以下の通りです。
1. 小説『昭和歌謡大全集』のモデル
村上龍さんが1994年に発表した傑作小説『昭和歌謡大全集』に登場するキャラクター(少年グループの一人である「ノブエ」)は、延江浩さんがモデルになっています。延江さんは当時から村上龍さんに「延江、延江」と大変可愛がられており、彼の愛嬌のある人柄や存在感が作品にインスピレーションを与えました。 
2. 音楽を通じた深い交流
延江さんは生前、村上龍さんから多くのカルチャーや音楽の薫陶を受けたと語っています。一例として、1971年のピンク・フロイド初来日公演「箱根アフロディーテ」の際、当時学生だった村上龍さんがニッポン放送の亀渕昭信さんの計らいで関係者口から入場したエピソードなど、龍さんから直に聞いた音楽史の裏話を延江さんは自身のコラム(週刊朝日『RADIO PA PA』など)で度々回想していました。
3. 文化人たちを繋ぐ中心地
延江さんはTOKYO FMのゼネラルプロデューサーとして、後に村上春樹さんの番組『村上RADIO』を手がけるなど「文化をラジオに落とし込む」天才でした。その原点の一つには、1990年代後半に村上龍さんを囲んでさまざまな出版社の若手編集者らが集まっていた打ち上げや交流の場があり、そこでも二人は強い信頼関係で結ばれていました。

雲上での再会
熱い時代を共にした二人ですが、延江浩さんは2025年4月6日に67歳で急逝。そしてその後を追うように、村上龍さんも2026年10月17日に74歳で逝去されました。
昭和から平成の日本のサブカルチャーや音楽シーンを、作家とラジオマンというそれぞれの立場から牽引し、刺激し合い続けた唯一無二のバディでした。
                                以上

 

 

 

 

 

現在の常識?(つけ爪の病院受付)

最近、色々な病院に通ったりしているのだけど、驚いたのが1つの病院の受付の女性で、手に長い付け爪をしていて、それが指1本ずつ全部違う色なのである。
こげ茶とベージュと茶色みたいな同系色の濃淡て感じなんだけど単純な茶系ではなく、ちょっと複雑な色合いだった。
病院の受付ってそんな感じでいいの?

思わず指をガン見してしまった。

AIにイラストをつくってもらったんだけど、こんな感じだ。

・・・

それから別の大病院に行ったところ、そこの受付には3人女性が並んでいたんだけど、そのうちの一人がやはり長い付け爪をしており、その色は忘れてしまったのだけど、青系かグレーみたいな感じだった。

その隣の人に目をやると、その人は爪には手を加えず普通の指をしていたのでほっとした。

病院の受付がみんなキャバ嬢みたいになったらびっくりである。
いや、キャバ嬢だともっとずっと派手なんだろうね。
茶系や地味目の色合いだから病院の受付でもいいのかな。

別に看護師さんじゃなくて、受付票を受け取ったりパソコンをいじったりする程度なので爪はどうでもよいのかもしれない。

それにしても時代は変わったなあ~と思う。

考えてみると、つけ爪をして良い職業ってどういうのかな?

そういえば、スマホのお店で機種変更の時などに店員さんが対応してくれたけれど、やはり長いつけ爪をしている人だった。

でも、スーパーや飲食店の店員さんはダメだと思うし、長いつけ爪が許可されている職業は少ないのでは?

その中に病院の受付があったとはびっくりだ。

美容整形の医院やエステの受付とか美容系ならわかるんだけど、逆に美容師さんはお客さんの髪の毛を洗ったりするのでつけ爪なんかしてないよね。

・・・・・・・

つけ爪が許可される職場(AIによる回答)

つけ爪(ネイルチップ)やネイルアートが許可されやすい職場・職種は、直接飲食物を扱わず、衛生面や安全上のリスクが低い職場や、個人の身だしなみやファッション性が重視される職場が中心です。 
つけ爪が許可されやすい職種の例
オフィスワーク・内勤
  • 一般事務・営業事務・経理・データ入力
  • コールセンター・テレフォンアポインター(テレアポ) 
美容・ファッション系
  • アパレル・雑貨・シューズの販売員
  • ネイリスト、美容師、アイリスト、美容部員(コスメ販売) 
IT・クリエイティブ系
  • Webライター、Webデザイナー、ITエンジニア、プログラマー
  • デバッグ・ゲームテスター 
その他・接客や軽作業など
  • パチンコ・スロット店のホールスタッフ
  • イベントスタッフ、サンプリング
  • 在宅ワーク・フリーランス 

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    病院の受付スタッフがつけ爪(または派手なネイル)をしているケースは、先ほど挙げた「許可されやすい職種」の基準ではなく、「その病院の経営方針」や「医療機関の形態(診療科)」による例外的なケースにあてはまります。
    具体的には、以下のいずれかの理由によるものです。
    1. 医療行為を行わない「事務職」としての扱い
    受付スタッフは医師や看護師と違い、患者さんの身体に直接触れる医療行為(注射や処置など)を行わないため、病院側が「身だしなみの基準」を一般のオフィスワーク(事務職)に近い形で緩く設定しているケースです。
    2. 美容・自由診療に特化したクリニック(診療科)
    その病院が美容皮膚科、美容外科、審美歯科、あるいは婦人科や皮膚科などである場合、スタッフ自身の美意識や華やかさが「クリニックのブランディング」としてプラスに働くため、あえてネイルを許可(あるいは推奨)していることがあります。
    3. 個人のモラルやルール違反(見落とし)
    本来は病院の規定でNG(または自爪に近いナチュラルなもののみOK)とされているにもかかわらず、本人が個人の判断でやってしまっている、あるいは上司や経営者がまだ気づいておらず注意されていないという、単純なルール違反の可能性もあります。

    ということでした。