あたりまえ?の毎日(by山本飛鳥)

旧「山本飛鳥の“頑張れコリドラス”」を持って引っ越してきました。

最近思うこと

いつの間にか年を取ってしまったなあと思うこの頃です。

自分自身もそうですが、実家母は93歳で、もう近所以外はどこにも出かけなくなってしまいました。
元気には元気なんですけど、先日はカポックのことをカイヅカって言ってました。
なんでカポックがカイヅカになるのか、全くわかりません。

しかも、春に花の咲くハナニラの球根を植えるって言っているのに、どうしても食べるニラのことがアタマに浮かぶらしく、ニラの花は秋に咲くと言います。

ハナニラとニラの花は違うってのに、全くもうわけわかりません。

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夫ももう74歳で、どんどん猫背になり、頭もどんどん剥げてきました。
体力も食欲も私よりなくなっているようです。

そりゃあ、私もあと9年もしたら、もっと衰えているかもしれません。

そんな年齢になったら、何かに新しく挑戦するなんてことはできるわけがありません。

65歳の私でさえ、今から何ができるだろうと思ってしまいます。

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若い夫婦が、新しい家を建て、これからローンを払い、子供を育てたり、犬を飼ったりしているのを見るとうらやましいです。
これからの人生ですね。
私たち夫婦は、子供は育てたけど、家は建てませんでした。
子供たちはいつの間にか大人になって巣立っていってしまいました。

それぞれに家庭を持って幸せに暮らしていることは良かったです。

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60歳を過ぎたら、これから何かを身につけて能力を上げるっていうよりは、いつまで現役でいられるか、いつまで現状を維持するかってのが、焦点になります。

昔なら課長になったとか部長になったとか、段々昇進していくわけですが、この年齢になると、隠居したか、まだ隠居していないか、ってことで、なんとかかろうじて社会人として生活していることが自分の能力の証明みたいになってしまいます。

辞めたらおしまい・・・まだ社会人であり続けたいと思ってしまいます。
年金をもらうだけではなく、払い続けていることが、まだ社会人のあかしだと思ってしまうのです。

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でも、ほんとはさっさと引退して、今までできなかったような趣味などをして有意義で楽しい生活をするべきかもしれません。

そうしないと、残された人生はそんなに長くないのです。

長生きしたとしても、そんなに元気いっぱいに活動をするほどの体力がないはずです。

だから、働くのなんかやめて、人生の中でやるべきことをしたほうが良いのかもしれません。

実家母に親孝行したり、夫婦で旅行に行ったりしたほうがよいのかもしれません。

友達とも会って話をしたり食事をしたりして楽しんだほうがよいのかもしれません。

子供や孫家族とも交流をしたほうがよいのかもしれません。

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でも、やはり収入が問題です。

年金だけでは、きっと最低限の生活をするだけでいっぱいいっぱいになってしまうと思います。

だから、やはり仕事をしないと、ビールも飲めないじゃないですか。外食もできないじゃないですか。

でも、なんか間違っているような気がするのです。

働いてお金を稼いでいればいいってもんじゃなくて、後で後悔するんじゃないかって不安になります。